『バチバチ』佐藤タカヒロ
週刊少年チャンピオン連載中。1巻の発売を心待ちにしていました。
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ある日、大相撲の地方巡業では一般人を土俵に上げて力士との力比べが楽しめる交流イベントが開かれていた。企画したのは元横綱の「虎城」親方。「大相撲人気回復にはファンとの地道な交流が大切」と話す虎城の言葉に、横で悪態をつくのは虎城の笑顔の裏にある黒い素性を知る元小結の「空流」親方。そんな2人の前で、土俵に上がったのは一人のヤンキー風の少年。
そこで信じがたい光景を目にする2人の親方。大人が束になっても敵わない力士を強烈な一発で吹っ飛ばした少年に会場がどよめく。「横綱つれてこい」と挑戦的に宣言する少年に対して虎城が送り込んだのは元学生横綱のエリート若手力士「猛虎」。相手が横綱ではないと不満を言う少年に声をかけたのは空流親方。その力と怖いもの無しのキャラクターに惹かれた空流は、少年にアドバイスを送る。
いざ取り組みが始まると、少年は空流の言葉を聞かずに猛虎に真っ正面からぶつかりに行く。得体の知れない少年が幕下力士に勝てるわけなどないと誰しもが思ったこの取り組みだったが――。
客席から少年を呼ぶ声がする。
「鯉太郎」
と。その名を聞いた空流は彼の性格と目つきから受け取っていたどこかで見たような感覚を確かなものにする。その少年は虎城がかつて罠に嵌め角界から追放した元大関、「火竜」の一人息子だった――。
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圧倒的な強さで横綱昇格は確実と目されていた大関「火竜」を父親に持ち、「横綱とは神様だ、俺は神になるんだ」という父の言葉を誇りにして育ってきた幼少時代の鯉太郎。しかしある日その環境は一変します。
火竜が一般人相手に暴行を振るい、怪我を負わせたというニュースが日本中に駆け巡る。それは虎城が仕組んだ罠でした。激昂した火竜は虎城に殴りかかり、完全に角界から追いやられます。
それでも最後まで火竜のことを信じていたのは鯉太郎でした。母親は出て行き、マスコミに叩かれ、同級生に悪口を言われてもランドセルには「火竜」のステッカーを貼ったまま、かつての父親の言葉を心の奥底に眠らせていた鯉太郎。しかし学校に呼び出されて姿を表した火竜の、酒に酔って堕落しきった姿と周囲の侮蔑の眼差しを目の当たりにしてついに鯉太郎は感情を爆発させながら火竜にぶちかましを喰らわせます。
小学生の鯉太郎と、横綱昇進目前まで行った元力士の火竜。到底適うわけがない相手です。ですが、このときの2人の勝負は本気の男同士の相撲だったと思います。吹っ飛ばされ、激しく血を噴きながらも再び向かってこようとする小さくも真っ直ぐな息子を見て、それまで錆び付いていた火竜の時計が再び動き出したかのようでした。
「死んで生きれるか――」
火竜は性格や素行に問題はあったものの、実際は相撲ひとすじの、相撲しかない人間だったのだと思います。どんなに周囲に疎まれようともその実力だけで大関まで上り詰めたのがその証拠でもあり、だからこそ相撲界から追放されて全てを無くした火竜は抜け殻以下になってしまった。それまでの自分自身の言葉がまるで皮肉に響くように、死んだまま生きていたのです。
それまでの火竜には息子に後を継がせる気など微塵も無かったのでしょう、しかし自分に勝負を挑んできた鯉太郎の姿には希望を見つけたのだと思います。ところがその成長の途中、まだ幼い鯉太郎を残して火竜は急逝します。
鯉太郎は独りで稽古を続けてきました。父親が生きているうちに土をつけてやることが出来なかった、自分の「弱さ」がもどかしくて、ただ愚直に。そんな鯉太郎が空流部屋の門をくぐることになったのは必然だったのかもしれません。
迫力を持ちながらもすっきりした線で描かれる取り組みは「熱い」とも言えますが「重み」も伝わってきます。「神の化身」とされる力士たちの繰り出す一撃一撃は非常に「重い」のです。誌面からそれが伝わってきて、安心して見ていられる画の力があります。
周辺人物にも味があって魅力的です。特に火竜亡き後に鯉太郎を引き取ったおじさんが常に優しい穏やかな表情なのに火竜や鯉太郎の生き方に理解を示してくれているところが大きいと思います。
ただ単に息子に後を継がせるとか、父親が望むからその道に進むとかではなく、悪たれ同士の意地を感じさせる火竜と鯉太郎の距離感。父親がその世界を愛しすぎたばかりに、忌むことになった「相撲」の世界。しかし鯉太郎は、まだ本当の相撲を知りません。目の前にあるのは、想像を絶する険しい道。汚いマスコミや黒い陰謀を、その身体ひとつで黙らせることが出来るのか。鯉太郎の抜きん出た素質と、相撲の世界の深さを感じさせる1巻です。この漫画はこれからもどんどん面白くなっていきます。兎に角読んでもらいたい作品です。
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