『アリスと蔵六』今井哲也/コミックリュウ連載
謎の”研究所”から単身逃げ出した金髪超能力少女。
一般常識など全く知らないそんな女の子が突如目の前に現れて、「いまから私と取引をしないか」「うんといえばお前の願いごとを私がなんでも叶えてやる」だの「私はお前が気に入った!!」「お前を私の家来にしてやろう」だの言い出す漫画…と言うと、わりとありがちに聞こえるかもしれません。でも、その相手がニッポンの伝統的「頑固爺」だったら…?


金髪にドレス姿の少女といかにもコワモテで厳しそうな頑固親父が睨みあう表紙が印象的な『アリスと蔵六』1巻。
金髪少女の名前は「紗名」。(「アリス」かと思いきや)その名前も本当の名前ではなく、身元や生い立ちは一切不明。彼女は「想像すれば願いが叶う」不思議な能力を持つ通称「アリスの夢」と呼ばれる子供の中でも最も特異な能力を持つ、”赤の女王”と呼ばれている少女。
自分が暮らしていた”研究所”の闇に気づき、そこから逃げ出して他の「アリスの夢」を救い出そうとする紗名。しかし「想像の力で、物理現象を自由に書き換えてなんでも具現化できる」という特殊な能力を持ちながらも、自分のような子供が一人で外の世界に飛び出したところで何も出来ないということを悟り挫けそうになります。


そんなところで紗名が出逢ったのが清く正しい頑固爺・樫村蔵六。
自分の能力の有益さを知る紗名は初対面の蔵六に対し、高圧的に取引を持ちかけます。そんな夢のような能力、実際に目の当りにしたら欲望に目がくらむ人間なんていくらでもいるでしょう。身元がわからない少女が一人でいたら悪い考えが浮かぶ人間だっていることでしょう。はたまた、自分というものを持っていないうすらぼんやりとした草食系被害者体質のような人間だったら、何がなんだかわからないまま少女の言いなりになってしまうかもしれません。
しかし…蔵六爺はそのどれにも当て嵌まりません。何故なら彼は、「曲がったことが大嫌い」だから。それは紗名が特別な能力の持ち主であろうとも、同情すべき環境から逃げてきたという立場であろうとも変わりません。ブレません。研究所からの追手と紗名の特殊能力バトルで街が崩壊されかけても動揺するどころかゲンコで説教です。いやはや、もうね、清々しい。


特異能力を使う金髪ロリっ子なんてファンタジーの結晶みたいなキャラクターですが、混沌の現代社会では実直で曲がった事を許せない頑固爺という存在も大概ファンタジーのようなもので。どちらにしても強烈な個性同士であることは間違いありません。滅多なことでは交わらないような極端な個性をぶつける設定自体がもう勝利、だと思うんですけれども。設定倒れにならない描写力、表現力の豊かさがまた素敵。キャラクターがほんとイキイキしてます。
紗名は高慢ちきな態度ではありますがそれは自分一人では何も出来ないことへの焦りや不安の裏返しでもあって。そんな感情が滲み出た顔つきなんかが実にうまく表現されています。とりあえず難しい事抜きにしてもコロコロ表情が変わる女の子は魅力的よね、という意味でもとても楽しい。個人的にはごはんシーンがとっても美味しそうで幸せそうで好きだったりします。


人らしい事を何も知らない紗名が、蔵六爺の説教とその孫娘・早苗のほんわかムードで徐々に心動かされ、愛情と安心を得ていくような姿を見ていると、超能力だとか謎の組織が絡む題材でありながらも「人情もの」「家族もの」の側面が強い作品という印象です。
メインキャラ以外の描き方も愛情あるのがまた。…おまけまんがはこの人のここを描いてくるのか!と唸りました。そしてニヤニヤが止まらんです。今井哲也先生はお名前を聞いたことがある程度で久し振りに完全表紙買いだったんですが、個人的にメチャ当たりでほくほくです。