『オンノジ』施川ユウキ/ヤングチャンピオン連載
結論から言うと、今年のベスト候補です。
施川ユウキ先生の非日常4コマ『オンノジ』。
ある日ある時ある瞬間、人も動物も誰もが姿を消してしまった世界に一人取り残された少女・ミヤコ。序盤は彼女が一人ならではの無茶にチャレンジしたり、ちょっとおかしな街の事象に突っ込んだりしながら進行していきます。
通常であれば孤独や不安でどうにかなってしまいそうな状況ですが、ミヤコはどこか心の底から焦ってはいないように見えます。それは一つの伏線のようなもので。


ある日ミヤコは自分以外にたった一人(?)の生物、言葉を話すフラミンゴに出逢います。
そしてその時フラミンゴに問いかけられてミヤコは初めて自分自身が何者であったかの記憶を失っていたという事実を思い出します。
それまでミヤコがたった一人で世界に残されながらもどこか能天気に見えたのは、恋しく思う家族も友人も周囲の環境も思い出せなかったからなのでしょう。そして彼女自身、自分がそういった状況であることに気付けなかった。それを実感した時、彼女は始めて本当の不安を抱き始めます。
「世の中がわからないより
 自分がわからない方が不安になる」
と。


一方フラミンゴの正体は、元は普通の中学生男子だったという少年。まだそれがフラミンゴであるということすら掴めなかった時に姿を見かけたミヤコが名付けた「御の字」…「オンノジ」というあだ名が彼の名前として定着し、2人は行動を共にするようになります。
彼らが生きる世界は、以前からそうであったのか、はたまた生物が消え去ってから何物かによって作り変えられたのかは定かではありませんが「ツッコミ待ち」としか思えないような事象に溢れていて。
一人でいたときのミヤコもそれなりにそういった事象に対してそれなりに驚いたり突っ込んだりしていましたが、オンノジと共に過ごすようになってからはそんな感情を共有したり、時にはさらにボケを重ねてオンノジに突っ込まれたりとするようになります。
オンノジと出逢うまでの序盤では、ミヤコがそこまでのボケ体質であることははっきりとはわかりませんでした。ボケというものはツッコミがあってこそ成立するように、自分が自分であるという事実は、他人が存在してこそ成り立つのだと思い知らされます。オンノジと出逢うまでのミヤコが、自分自身が何者であるかという疑問すら抱くことを忘れていたように。


記憶は取り戻せなくても、オンノジとの出逢いによってミヤコはミヤコという個性を保持できるのでしょうし、オンノジにとってもまた然りでしょう。
しかし、彼らは二人でいることの楽しさを知った一方で、”何もない”=”失って悲しく思うこともない”という状況から”失うかもしれない不安”と背中合わせにもなっています。他に誰もいない不安よりも、たった一人、隣にいる人間(フラミンゴ)を失うことが怖い。
基本は言葉遊びや掛け合いを楽しめる4コマ漫画なのですが、少しずつ顔をのぞかせる切なさがその可笑しさをより深くします。


さて、「突然誰もいなくなった」「記憶喪失」「突然鳥の姿に」という謎だらけの、むしろ謎しかないこの世界に解答編は存在しません。(、と言うとネタバレになってしまうのでしょうか…)
普通に捉えれば、絶望しかないようなその世界でミヤコとオンノジは驚くほど未来しか見据えていません。世界をそうした原因なんて、いっそどうだっていいんです。
物語の最後、ミヤコが受け取ったのは「この先もオンノジを失わない」という確証ともいえます。オンノジと出逢って以来拭えなかった一番大きな不安が消え去った瞬間。ハッピーエンドにはそれだけで「御の字」なのです。