『777 スリーセブン』小沢としお/週刊少年チャンピオン連載
居ると居ないではチャンピオン本誌の読み応えに差が出てくる、と真面目に言い切れるほどもはやチャンピオンには欠かせないストーリーテラー・小沢としお先生の最新作です。
前作『ガキ教室』は確かな読み応えと説得力のあるストーリーで確実な評価を得ながらも、少年誌にしてはいささか渋い作品であったせいか早期終了となってしまいました。最新作である今作は、ある意味では王道な「主人公たちと悪との戦い」を描く作品ではありながらも、過激な「悪」と主人公達が抱える深い「闇」とが相まって一筋縄ではいかない雰囲気を作り上げています。
舞台は犯罪の多発する街・東京都立山市。ある日起きた通り魔事件を報じるニュースには、事件の犯人ともう一人謎に満ちた男が映し出されていました。通り魔をボコボコに痛めつける全身武装したマスク姿の男。突然街中で起きた凶行を止めたとはいえ、あまりにも不気味な存在感を放つその男に注目が集まります。
一方、立山市にある私立高の一年生・佐藤優希はかつていじめられていた友人を庇って以来、自分自身がいじめのターゲットにされていました。陰湿ないじめを受けながらも決して怒らず、歯向かわず、他人に心配をかけまいと振る舞う優希。しかしいじめがどんどんエスカレートしたある時、身の危険を感じて怯える優希の前に優希とはまるで正反対の狂暴な少年が現れて不良たちをズタズタに痛めつけます。何が何だか分からないまま自分の部屋に戻った優希の前に再びその少年が現れますが、彼に言われるまま鏡を覗くと、そこには優希一人の姿しかなく…。
そのまた一方、優希と同じ学校に通う地味で小太りな女生徒・鈴木燈。彼女はクラスで除け者にされ、家庭では母親から心なき言葉を受けるという肩身の狭い日常を過ごしていました。そんな毎日でストレス・怒り・コンプレックスに満ちた燈は、矯正下着と化粧でスタイル抜群の美女に変身し、夜の街に出現してはたちの悪い輩を捕まえてブン殴ることで自分を解放する…という二重生活で日頃の鬱憤を晴らしていました。しかしある時燈が倒した相手は、街でもヤバいヤンキーグループの一員で…。
訳あり二重人格/二重生活で追い詰められつつある優希と燈の前に現れたのは、あのニュースで報じられた黒づくめマスク男。異様な風貌の割にやけにフレンドリーな態度で接してくるマスク男は、何故か2人の裏の顔を知っている様子。何の因果か集まってしまった3人の共通点は、「ワケあり」「変身」そして「強い」ということ。正義を愛するとか、そういった小綺麗な理由ではなく、それぞれが複雑な事情を抱えたまま街に蔓延る犯罪者たちに鉄槌を下していきます。
変身ヒーローに近い形での二重生活主人公というと、やはり『ナンバ』シリーズを思い出す部分もあります。ただし初期はギャグ路線であった『ナンバ』シリーズとは対照的に『777』の主人公たちの”変身”は至ってシリアスなもの。特に優希や燈にとっては、護りたいものや大切なものすらまだ見えてきていません。この先危険を冒して変身し悪を倒したところで、彼ら自身がワケありすぎて正体を明かすことも出来ないでしょうし、今後何かを得ていくのかどうかすらまだ見えません。そんな背景があるせいか、闇を抱えた主人公たちが悪を倒すこと=単なる”良い話”にはならずどこか物語に背徳感を残しています。しかしその一方で、護りたい人を護るでもなく、世界平和を守るようなスケールの大きなヒーローにもなれない等身大なワケあり主人公たちが卑劣な悪人たちを問答無用でブッ飛ばす姿は単純明快な爽快感にも繋がっているともいえます。
カバー折り返しに記載されている小沢先生のコメントを読んで特にそう感じたのですが、
「テレビなどで悲惨な事件を目にするたびに、
あーこの犯人調子にのりやがって
被害者の代わりに俺がフルボッコしてやる!と思うのですが
(中略)
ならばとマンガの中でボコることにしました。
このマンガで読者の皆さんとともに気持ちよくなれれば幸いです。」
悲惨な事件を目にして、「許せない」と思う気持ちの行き場のなさというのは多くの人が感じたことがあると思うのです。そして現実で抱くその感情が作品に反映されているということは作中で描かれるワイドショーにどこかで見たことがある芸能人・ニュースキャスターをモデルにした人物が多いという事に現れているのかな、とも思いました。
人々が目にする悲惨な事件の報道というものは、やはりテレビから発せられるものが圧倒的に多いはずです。犯人や悪人に特定のモデルを設定するのではなく、「テレビで悲惨な事件の詳細を目にした時の気持ち」を作中に投影させるこの手法は小沢先生のさすがの巧さだと感じます。読者の視点でまずワイドショーの場面を見せられて「テレビ視聴者のやり場のない感情」に近い不快感・不安感を植え付けられた上で、読者が気持ちを乗せやすい多種多様なワケあり主人公3人が悪人をブッ飛ばすわけですから、最終的に得られる高揚感もかなりのもの。それでいて主人公たちの境遇や彼らの抱える闇がきちんと描かれているため、悪をブッ潰してもなお漠然とした不安や背徳感も心に残させるという…そのバランスが絶妙です。
そして特筆すべきは主人公の一人、鈴木燈ちゃんの存在でしょう。小沢としお先生といえば、作中に登場する脇役キャラクターに「愛嬌のあるブス」が多いことも特徴の一つとして挙げられると思います。個人的には『ナンバ』シリーズの横浜魔苦須のメンバーなんかが大好きだったりするのですが、ブサイクキャラに性格の良さや味わい深さを持たせるのが小沢先生は非常に巧い作家さんです。
ところが今作の燈ちゃん。周囲からの冷たい態度に対して怒りは露わにせず大人しくやり過ごしてはいますが、その内に秘める鬱憤は相当なものです。友達がいる様子もなく、不満や憎しみの感情を溜めこんでは柄の悪い輩相手とはいえ暴力で発散する…。今まで脇役に収まっていた「愛嬌のあるブス」キャラを抑え込んで、「陰険で暴力をふるうブス」が主人公の一人…いわばヒロインのポジションに就いているわけですよ!これって凄い事じゃないでしょうか。少年誌作品のヒロインが暴力ふるうブスだよ!誤解を招くのを恐れずあえてブスブス言いますけど、そんな彼女が”変身”して凄まじい強さを見せつけてくれることに大きな意義があるように思えてなりません。
この”変身”シーンのインパクトったら。ブスで暗くても、強さとどこかクレバーさを感じさせる彼女は普通に美人で強いヒロインよりも感情移入のしやすさが数段上です。頑張れ燈ちゃん。
こんな具合にクセモノだらけの『777 スリーセブン』、少々エグい描写もありますので万人向けとは言い難いのですがとても面白い漫画なので是非ともチャンピオンの柱になっていって欲しい作品の一つです!
コメント
コメント一覧 (1)
1巻発売ということで。ちょっと残念な点はタイトルロゴ。
本誌では777が強調されていてかっこよかったなー、と思わざるをえません。
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。