世が「電車男」ブームで盛り上がっていた2005年、チャンピオンRED誌上でもそれまで連載されていた「制服ぬいだら♪」が突然の第一部終了となり、その次の号より渡辺航先生による「電車男」の連載が開始されました。

「制服ぬいだら♪」が大好きな自分にとってそれはあまりにもショックで、あまりにも腑に落ちないことでした。しかしそれでも「電車男」も渡辺先生が全力で挑まれた漫画作品のひとつであることには変わりありません。

「弱虫ペダル」が各地で高く評価され、「まじもじるるも」も好評と渡辺先生の実力が認知されてきた今だからこそ、渡辺先生版の「電車男」の良さについて語ってみたいと思います。

因みに、わたしは渡辺先生による漫画版以外の「電車男」を読んだこともドラマを見たこともないため、他作品及び元の「電車男」との比較という形ではなく、純粋に漫画作品として良いと思った部分について述べていきます。


◆徹底したオタク描写◆

「弱虫ペダル」の坂道のオタク設定にも影響していることがジャンプSQ.のインタビューで正式に言及されていましたが、秋葉原の街並や電車さんの部屋などの徹底して、尚且つ愛のあるオタク描写は同属の心をくすぐります。

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たとえばこの見開き。

フィギュア・ポスター・雑誌・ゲーム画面…などなど、いかにも元ネタがわかるものから独特なものまで、細かいところのネタの散りばめ方がとても面白いのです。

付け焼刃のオタク知識やイメージだけの表現ではなく、こういうものたちが好きで描いているのだろうなあ、と伝わってくる描写力。

因みに、「制服ぬいだら♪」にもわき役ではありますがアニ研3人組というなかなかに濃ゆい人たちが登場していて、その当時から渡辺先生のオタクの描き方には愛があるなあと感じていました。(ついでに言うと彼ららしき人たちが「電車男」にもスレ住人としてちょびっと出演してたり)


◆渡辺版エルメスたんの可愛さ◆

「電車男」といえばヒロインの「エルメスさん」ですよね。

エルメスさんの容姿イメージについては「ルーミン似」(漫画の上での表現でなので名前はもじられてますが、要するに「ムーミン」)と表現されています。

女性でムーミン似…という姿はどうにもイメージしづらいのですが、渡辺先生画のエルメスさんはどこかその雰囲気を持っていると思うのです。

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↑この顔なんて、かなりそれっぽい。

所謂「美人」系ではないものの、清楚ながら愛嬌のある可愛さが渡辺版エルメスたんの大きな魅力。

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勿論、ふと見せる女性らしい表情もまたたまらなく可憐なのです。


◆キャラ立ちしているスレ住人◆

最大の特徴と言いたいところなのですが、他メディア版でどう表現されているかわからないので言い切ってよいものかどうか…

しかし渡辺版「電車男」において非常に重要なポイントであることは確かです。

電車さんがスレで逐一報告・相談するスレ住人たち。

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2ch上でのやりとりについては(゚∀゚)とか(´Д`;)がイラスト化されて会話する形がとられており、それがまたなんともかわいらしい。女の子にはツインテが生えていたり、イラスト化AAまでキャラ立ちしています。

また画面上のやりとりから離れると、パソコンの前に居る彼らにもきちんとしたキャラ設定・バックストーリーが用意されており、電車さんの動向を気にしながらも、当然それぞれ様々な生活を送っています。


その中でも一番の活躍(?)を見せるのが関野さん(中3)。

地味でオクテで地味なメガネっ娘な彼女、画面の向こうの電車さんを応援したいと思うあまり街に飛び出し彼らのデート場所を探すなど、なかなか大胆な行動に出てしまいます。彼女自身どこか電車さんと似たところがあるキャラクターで、電車さんを応援しつつ自分も変わりたい…と想う心情まできちんと描写されています。

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また、その後意外な場所で電車さんと接触する彼女をはじめ、渡辺版「電車男」ではびっくりするほどスレ住人と電車さんがすれ違っています。


◆そしてみんなで幸せに◆

意外なところと意外なところで繋がっていたスレ住人たちと電車さん・その周辺の人たち。

「電車男」を応援するスレ住人たちは不器用にも奮闘する電車さんの姿を通じてそれぞれ自分を見つめ直し、少しずつ変わっていきます。

そんな彼ら全員の共通の想いであり祈りであり、共通の「きっかけ」となること。

それが電車さんの「告白」。

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画面の上でしか揃ったことがないはずのスレ住人が、顔を見合わせながら電車さんの「壁」を突き破るシーンは温かく、何度読んでも涙が出てきます。


しかしそれは電車さんと彼らの別れを同時に意味すること。

想いが見事結実し、スレの住人たちに別れをつげる「電車男」はこう書き込みます。

「オレ 旅立つよ」

素性も分からぬ彼らにとっては、それは永遠の別れとも言えること。

それでも「電車男」の存在は住人たちに確かな勇気を残し、電車さんだけでなくそれぞれが一歩ずつ踏み出し…それぞれが旅立っていきます。


そう、意外と近くで…。


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3巻の折り返しで渡辺先生ご自身が語られていたり、わたしも作品感想で何度か書いていますが、渡辺先生の漫画はキャラクターがたくさん登場して、その個性や楽しそうな雰囲気が魅力的なものが多く…またそれが強力な特徴でもあると思っています。

そんな持ち味を十分に発揮して、きちんと「渡辺航作品」として消化されているのがこの「電車男~でも、俺旅立つよ。~」。「電車男さんご自身が一番お気に入り」という話もどこかで聞きました。


「制服」連載と単行本共に打ち切り、掲載順の入れ替わりなど渡辺先生のファンとしては複雑な想いが絡んでいた本作ですが、やっと素直に受け止められるようになった気がします。「制服」単行本も全巻発行されたことですしね。

「ペダル」や「るるも」で渡辺先生を知られた方も、是非読んでみて欲しい一作です。(勿論、「制服」や「華探」もね!!)