『弱虫ペダル』37巻が発売されました。
今回は外伝的な作品に当たる『弱虫ペダル SPARE BIKE』の単行本第1巻と同時発売です。ヒット作のスピンオフ作品が出ることは珍しくなくなってきた昨今ですが、これに関しては完全に渡辺先生ご自身が両方描いているわけですからね…。月並みなことしか言えませんが、物凄い事です。頭が下がります。ハイ。
インターハイ初日のスプリント勝負の真っ只中。箱根学園の銅橋の力強い走りにくらいつくのは、総北高校1年・鏑木。自分自身のことをオールラウンダーだと信じ込んでいる鏑木ですが、ひそかに彼の練習にアドバイスをし続けてきた青八木先輩に送り出され、本人も知らずのうちにスプリンターとしての才能を開花させつつあります。
しかし対する銅橋はその豪快さ、ともすれば獰猛とも捉えられかねない見た目や言動から受ける印象とは裏腹に、真っ当で真っ直ぐなフェアプレイの走りで春からのレースを全勝してきた本物の強者でした。自分自身が世間の基準に収まれないことをかつては悩んだものの、「ハミ出せ」と背中を押してくれた現主将の泉田の言葉で迷いが消えた彼はもはや怖いものなしです。自信と信頼に裏付けられたその走りは、まさに”正清”の名前が表す通り正しく清いもので、観る者をも魅了するようでした。
ギリギリまで競り合ったスプリント勝負の結果、軍配は銅橋に上がりました。勢いづく箱学ですが、その勝利をも当然のこととして彼らは受け止める。昨年味わった敗北で熱く燃えながらも、あくまでもメンタリティは常勝軍団のそれを持ち続けるのが箱根学園のプライド。
そして、これまで社会人チームに混ざって走ってきて、1年でレギュラー入りをしてインターハイ出場…と大きな挫折に縁のない鏑木は自分の敗北に大きなショックを受け、青八木先輩は励ます言葉が見つからず悩みます。そんな彼らを受け止めたのは段竹・杉元・古賀先輩といった今回IH出場を逃した総北の仲間たちでした。
負けた痛みを知る彼らの温かさに触れ、あらためて自分がここでレギュラーメンバーとして走ることの重大さを理解した鏑木はひとつ成長し、ひとつ大切な事を知ったように思えます。こうしてメンバーに選ばれなかった仲間たちが今走るメンバーに力を与えていくというのも、実に総北らしいですね。
チームに合流したスプリンター達を加え、近づく山に向けて体勢を立て直す両チーム。昨年のレースを戦った泉田は小野田坂道という人間の持つ「空気」に対して強い警戒心を抱き、策を練ってきました。手嶋主将はそれに気付き対策を考えてはいたものの、呼び起こしてはならないはずの最悪の事態に巻き込まれてしまいます。それは、後方からやってきた集団に巻き込まれて坂道がチームを離れてしまう事。昨年のIHでは圧巻の100人抜きを見せた坂道ですが、大きく違うのは今年の彼はゼッケン”1”、周囲から勝者として徹底的にマークされるということ。一見弱弱しくとも、勝者であり、すなわち強者であるゼッケン1…昨年のIH覇者を好きに動かせるような人間は、このIHにおいて誰一人としていません。坂道はあくまで自分の「役割」に拘り前へ出ようとしますが、抑える選手にとっても自チームのクライマーをこの山で勝たせるという「役割」がある。
坂道の前に立ちはだかる山形最上の稲代は、3年のクライマー・川原に山を制してもらいたい一心でその脚が削られても尚、道を空けようとはしません。思えば坂道には、こうして見知らぬ誰かの強い意志とぶつかり合った経験は殆ど無かったかもしれません。自分の役割を全うするためには、敵となる相手の強い意志を潰してでも乗り越えていかなければいけない。こうした新たな課題を乗り越えるために、ド素人の坂道が昨年のIHを制するという展開があったのではないかとすら思えます。誰もが狙うIHの覇者となったことが、坂道自身にとっては成長の鍵ともなり得るのではないかと。
坂道という強者のクライマーを失ったのは、チーム総北にとってはこの上ないピンチ。そこで主将・手嶋の選択は…自分がクライマーとして、箱学・真波と勝負することでした。
平凡な男。平凡な走り。今年こそ主将として総北を纏めながらも、世間にとってはまったくの無名選手。誰もが笑う、もしくは肩を落とす。昨年の覇者と、それを競い合った真波の対決が見れるのではないかという期待が外れたことに…。しかし、何一つ他人より秀でたものがないからこそ、努力を怠ることなく日々を過ごしてきた手嶋純太の「凄さ」は総北のチームメイトが毎日のように見てきたものでした。最初はまともに相手をしようともしなかった真波も、平凡たる男がくらいつき、確固たる意志をその瞳に灯している姿を見て少しずつ考えを変えていきます。
トラブルもあり、一筋縄ではいかないIH。レースを走る彼らの元に駆けつけようとする懐かしい仲間の姿も…。その姿が見えた時、いま闘っている彼らにどんな影響を与えるかも楽しみです。