週刊少年チャンピオン期待の新星!掛丸翔(かけまるかける)先生が描く卓球漫画『少年ラケット』1巻が発売されました!
近年さまざまなスポーツ漫画が連載されているチャンピオンですが、この『少年ラケット』は卓球愛、そして少年漫画愛が満ち溢れていてとても素敵な作品です!


日向伊智朗12歳。彼は1年半前に住んでいたアパートの火事でたったひとりの家族だった父親を亡くし、その際にすべての記憶も失ってしまっていました。遠い親戚のおばさんに引き取られた先で通い始めた中学で「イチロー」という名前だからと誘われた野球部に所属するも適性があるとはいえず、それ以外の何をやっても平凡かそれ以下。過去のことも思い出せず、かといっていまの自分が何をしたいかも見つからない。そんな毎日を送っていました。
そんな中、ふとしたキッカケで触れた卓球道具に不思議と馴染みを覚えるイチロー。ラケットでボールを打つ音に心地よさを感じ、いつの間にか夢中に。その心臓の音のようなやさしいリズムに引き寄せられるように、もうひとつの運命が彼の元に近づき始めていました。


一方で、「伊智朗」少年を探し続けるもうひとりの少年の存在が。如月ヨルゲン、卓球では日本最強の私立校・紫王館に所属する中学1年生。前年度の小学生の大会では日本一という実績を持つまぎれもない実力者です。ヨルゲンがここまで強くなったのは、2年前のとある「敗北」のおかげでした。その時にヨルゲンを圧倒した相手こそ、記憶を失う前のイチロー。再戦を約束したはずのイチローはその後いっさい姿を現さず、ヨルゲンはリベンジも果たせないまま…。行く先々の卓球部でイチローを探すくらいしか出来ない日々にもどかしさを感じる毎日でした。

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ズレてしまったふたりの線。それがある日突然交わる瞬間がやってきます。偶然か運命かふたりはふたたび出逢うわけですが、イチローは過去のことをすべて忘れたまま…。そこでヨルゲンは、「卓球」で失われたイチローの記憶を取り戻させるべくあらためて会う約束をするのでした。
いまのイチローにとっては「初めて」のはずの卓球。しかし卓球道具に触れるたび、ラリーを交わすたびに”何か”を感じていきます。思い出す、なのかそれとも知る、なのか。新鮮なのに懐かしい。自分の過去の事を聞くためだけに…卓球のことはよくわかっていないままやって来たはずなのに、イチローは次第に卓球の魅力に捕われていきます。


記憶喪失だけれど身体が覚えているのか卓球の才能を垣間見せはじめる主人公、という設定はいわゆる「強くてニューゲーム」的なところがあり、ルールや用語に関しては説明しながら進行していくけれどいざ実戦となると初心者離れしたプレーが節々に出る…というおいしさがあります。親切丁寧な用語解説は卓球を知らない読者にもやさしく、さらにそれらの解説も”漫画の一部として”魅せる工夫がなされています。卓球シーンの迫力やスピード感を邪魔をしないよう、それでいて卓球を知らなくても状況が理解できるよう、ひとつひとつの場面、コマ割り、構成が相当練られていると感じます。
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そういった漫画としての巧さに興味を持ち掛丸先生が過去に手掛けられたコミカライズ作品『えんぶれっ!』を手に取ってみたのですが(申し訳ないのですが新品はもう出回ってなさそうなので中古でした)、率直な感想として掛丸先生はこの3年という間で物凄い進化を遂げられているのでは…と感じました。絵にしても、構成にしても。
天然か計算かでいえば、掛丸先生の漫画の魅せ方は圧倒的に「計算」だと思います。それは決して悪い意味ではなく、漫画を愛し、卓球を愛しているからこそ計算し研究してそれを表現としてアウトプットできるのだと思います。それゆえ、これからもどんどん伸びていくでしょう。そう思える力強さがあります。
また、一見まるっこくて可愛らしい絵柄ですがディテールに拘った細やかな描写が物語に説得力を増させています。でもやっぱりふだんはまるっこくて愛くるしい!そのギャップがまた美味しい。


”過去”をすべて失っていたイチロー。彼がヨルゲンと再会し、卓球に触れて少しずつ何かを取り戻していくのと同時に自分自身の「いま」とも向き合えるようになっていく。そして卓球を通して、新たな出逢いも…。失っただけでなく、「見つけられない」毎日を送る不安を抜け出してイチロー少年が輝きはじめる物語の序章。彼との再会によって、ヨルゲンの時間もまた動き始める。約束を忘れてしまったのなら、新たな約束をすればいい。道のりは平坦なものではないだろうけれど、彼らの”未来”はきっと明るい。爽やかで、まぶしい少年たちの物語はまだ始まったばかりです。