水沢悦子先生の『ヤコとポコ』超待望の第2巻が発売されました。
かつて連載されていた秋田書店の実験的女性コミック誌「もっと!」は休刊になってしまいましたが、水沢悦子先生の代表作『花のズボラ飯』の掲載誌でもある「エレガンスイブ」とウェブコミックサイト「championタップ!」に場所を替えてヤコとポコたちの日々はゆるやかに綴られ続けています。


少女マンガ家のヤコとアシスタントのネコ型”てきとう”ロボットであるポコを中心に、インターネットや携帯電話がなくなった「革命後」の世界の日々を描いていくこの作品。心なしか、1巻よりも2巻はメッセージ性の強いお話が多くなったようにも感じられました。


ヤコが自分の作品を猛烈プッシュしてくれている本屋さんをこっそり見に行く回では、ヤコの不器用で、少し頑固だけれど静かに熱い思いが描かれていました。
本当は嬉しくて、自分の作品を盛り上げようとしてくれている書店員さんにお礼を言いたいけれど、頑なにそれを拒むヤコ。自分の作品をこれからもより良いものにし、自分という人間と面識がなくともその店員さんがこれからも自分の作品を好きと言ってくれるようなものを描いていかねばならない…という固い決意を感じます。
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 ヤコのその複雑な思いはポコにはすこしむずかしいものだったようですが、「革命前」を知る書店の店主らしきおじさんには理解できるようでした。「革命前」は要するに、我々が生きる今の時代なんです。「人との距離がめちゃくちゃ」な時代。誰と誰もが簡単につながれるけれど、使いようによっては相手も自分も壊してしまう時代。ヤコたちが生きる世界で起きた「革命」が如何にして起きたものであったかは作中で詳しくは語られてはいませんが、「革命」が必要だった理由はなんとなくですが分かるような気がします。この回は水沢先生の「読者と作家の距離」についての信念めいたものも色濃く出ている回だと思います。


2巻にはこうした水沢先生の現代社会への思いや、作家としての信念・出版や編集への思いが反映された回が散見されます。しかし、どの話もまったく説教臭さを感じさせないところがすごいです。あくまでもほのぼのとしていて、クスッと笑えて、ホロリと泣かせるという『ヤコとポコ』独特の空気は崩さないまま。それはいつも淡々としているけれど決して冷たくはなくどこかユルいヤコと、てきとうモードだけどヤコのためにいっしょうけんめいになれる心やさしいポコを中心とした愛すべきキャラクターたちの魅力や、繊細さや正確性では計れない…けれどまちがいなく「的確」な描線によって紡がれるゆるぎない世界観のおかげだと思います。「すごさ」を感じさせないのがすごい。決して空気を張りつめさせないすごさ。


そして…この2巻を語るのには欠かせないのがラストに収録されている2話、「届ける幸せ」と「みどりとロダン」。ヤコと同じ「月刊少女ラスカル」に連載している人気作家のオリーブ翠先生とそのアシスタントロボットのロダンのお話です。何体もの「かんぺきモード」ロボを従えているオリーブ先生のアシスタントたちの中でも最も古株のイヌ型ロボットのロダンがひた隠しにしていた秘密…。これは本当に涙なくしては読めませんでした。涙なくしてどころか何度読み返しても涙だだ漏れでどうしようかと思ったくらいです…。オリーブ先生も、ロダンも、そのほかのオリーブ先生のアシスタントたちもみんな愛おしい!詳しくは、未読の方がいらしたらネタバレしたくないのでここでは書きませんが…お互いが思いあっているのに少しずつズレていってしまうことが歯がゆくて切なくて。誰も悪くなんかないから、余計に誰かを責めるようなつもりにもなれなくて色々な感情が体内で爆発して目から溢れてしまう感じ。まいりました。最高です。
一度読み終わってからカラー扉絵に戻ると、またその意味が解って泣けてしまいました。


ロボットには「かんぺき」「てきとう」「ダメ」と3つのモードがあるけれど、一度選択したら変更が出来ないという事の意味がやっとわかった気がします。性格とか個性とか、途中で容易に変更できないのはロボットも人間もいっしょで。でも、ポコが知り合ったダメモードのロボット、レオン君が「ダメモードでも努力すればてきとうモードくらいの動きができるようになるってママが言ってたから」と語っていたように自分自身の努力次第で伸ばすことはできる。逆にかんぺきモードが「必ず一日12時間は寝る」という仕組みも、どれだけバリバリに仕事が出来る人もきちんとした休息が必要だということに通じているのだと…。もちろん、人間のタイプは3つで分類しきれないですがシンプルにするとそういうことなんですよね。当たり前のようで、なかなか気づかない事をあらためて教えられた気がします。
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また「ダメモード」に備わった秘密の機能も明らかになりました。想像を絶する衝撃的な機能でしたが、オリーブ先生が唯一のダメモードロボットのミュシャを連れてくるまでのようすを見ていると”どんな人がダメモードのロボットを選ぶか”まできちんと考えられて作らているのだなあ、としみじみその意味を考えてしまいました。


ここは革命後の世界、それでも人間たちはそう簡単にはきっと変われなくて。そんな人間たちに寄り添い、ときに癒し、そして共に成長していくためにロボットたちは生まれたのだろうなと思います。これからもゆっくりでいいので、この優しい世界を見ていたいです。頑張ることは認めてくれて、頑張りすぎは肯定しない世界を。



現在も「Championタップ!」で公開中の「こいのぼりが来ちゃう」の回は『ヤコとポコ』の魅力を端的に伝えるのにふさわしい回だと思います、ぜひ。
ヤコとポコ | Champion タップ!


色と思い出、毎日は宝捜し。 『ヤコとポコ』1巻(水沢悦子)