週チャン発の異世界転移まんが『はぐれ勇者の異世界バイブル』1巻が発売されました!
昨年発表された同名の読切作品が設定に変更を加えて連載化されたもの。作者の那珂山みちる先生はこの読切でデビュー、そしてその年のうちに本連載を勝ち取った期待の新人さんです。


この『はぐれ勇者の異世界バイブル』というタイトルだけを聞くとありがちな異世界モノを想像してしまいそうですが…
この作品のバイブル=聖書と呼ばれるものはそのものズバリ、「エロ漫画」を差します。
売れないエロ漫画家スズキは、ある日出版社から”エロくない””新作もほとんど売れてない””趣味でやってけば?”という痛烈な言葉と共に在庫本を突き返され、戦力外通告を言い渡されます。
途方に暮れるスズキですが、道端のお地蔵さんを掃除しながら”自分を求めてくれる世界”を願ったことから異世界に転移。
飛ばされた先、ダウジン国は隣国への債務返済のあてがなく窮地に立たされていました。
国王と国の大賢者、その弟子が頭を悩ませる中、抱えた在庫本ごと転移してきたスズキ。
いかにも不審と警戒されるものの、国王は手にした一冊の本…スズキ著のエロ漫画を目にした瞬間(性癖が)開眼。
一瞬にして国民からの一定額以上の寄付に対してこの聖書…エロ漫画を渡そう!そうすればお金も集まるし国民も満足!win-win!という超発想に至ります。
大賢者シーンジャは一度は冷静に国王を制するも、スズキの別の著作が目に入った途端…先程の本よりも性癖にヒットしたようで…手のひら返して国王の意見に賛同。
突然の展開に戸惑いながらも承認欲求に飢えていたスズキは自分の著作を褒め称えてくれる言葉の数々に抗いようもなく。
唯一猛反対する賢者ユーリも王と師匠でもある大賢者の意見には逆らえず…。それどころか、自身の持つ複製魔法の能力でスズキ著のエロ漫画こと「聖書」を大量に複製させられるハメに陥るのでした。
ユーリさんはお気の毒ですが、おかげでダウジン国は負債を完済、隣国との均衡を保ち、さらにスズキの聖書が市場へと出回り、国の経済は潤っていくのでした。めでたしめでたし。


…ではなく、ここまでが1話のあらすじです。
戦力外通告を受けたエロ漫画家があれよあれよという間に国の経済を支える存在に。
約一名(ユーリさん)から睨まれながらも、”自分を求めてくれる世界”という意味ではこれ以上もない場所にいざなわれたワケです。
聖書=エロ漫画で異世界民からわっしょいわっしょい、というだけでは正直出オチになりかねず、実際読切版を読んでいる人間の感想としては「面白いけど、マンネリ化しないだろうか?どう続いていくんだろう?」という心配もありました。
ただそこは杞憂でした。
読切版との大きな違いとしてはユーリさんの性格が真逆、という点があります。読切版ユーリさんは従順で、スズキを真っすぐに慕うようなキャラクターでした。
そして連載版のユーリさんは嫌々ながらも国のためにスズキに協力する立場。
スズキの技量や心意気には徐々に惹かれつつも、エロ漫画大量複製の辱めに耐えるその表情は基本ギャグ展開のこの作品に添えられた華そのもの。
そしてそんなユーリさんが唯一の常識人ポジション…かと思いきや作中最も常識人的思考なのはむしろスズキの方で、異世界での怒涛の持ち上げられ生活に戸惑いながらもビシバシとツッコミを入れていきます。
この作品、そういった場面での独特な台詞回しセンスが最高にクセになるやつなんです。噛めば噛むほど味が出る系。
(「脳内にヤバレナリンが放出」とか「魚市場みたいに!!」とか)


そうして回を重ねるごとに徐々に構築されていくこの作品の「型」のようなものを完成させるピースが第6話に現れます。
その男の名前はエル=アブル。
一見すると端正な顔立ちの美青年なのですが・・・・・・・・・・・・・。
彼はスズキの著作であり、国王をも虜にした「メイちゃんと一緒」のヒロイン・メイちゃんに入れ込むがあまり、スズキが他のキャラクターで新作を描き続けることが許せなくなった狂信者。完全に僕の読者のヤバイやつです。
妄想と狂信が入り交じり、はじめはスズキを殺そうとすらしていたエルですがなんやかんやあってメイちゃんの生みの親であるスズキを「先生」と慕い手伝いを申し出るように…。
当然のごとくユーリさんの天敵が増える結果にもなったわけですが。
メイちゃん一筋で超絶理論をくり出し、一歩先の行動すら読めない不穏分子でありながらもどこか憎めなさも持ったエルの登場によって、この作品の面白さが揺るぎないものになったと感じます。


さて、ここからは想像も含めた話なのですが、なぜスズキの描く”聖書”はこの異世界でここまで必要とされたのでしょうか。
元の世界での評価は冒頭での出版社のシーンで描かれた痛烈な言葉のみでしか察することはできませんが、何作もの単行本を出版しながらも売れていなかったということは確かなようです。
また、スズキの著作は表紙から察するに、妹モノ、おねショタモノ、人外モノ…と様々な傾向が見て取れます。
これは完全に想像でしかありませんが、彼にはエロ漫画家として強烈な一つの武器があるわけではなかった…いわゆる器用貧乏的な評価だったのではないでしょうか。
下世話な話ですが、エロ漫画に最も強く求められる要素は「実用性」だと思います。飛び抜けてうまい作家さんであれば当然必要とされるでしょうし、何か一つ極めた要素があればニッチな性癖に訴えかける作家として必要とされます。
おそらく彼にはそれがなかった。冒頭で受けたのが「絵が下手」ではなく「エロくない」という言葉だったのも、そういった訴求力の弱さに対する評価だったのではないでしょうか。
しかし、一転して異世界転移してからのスズキが作家として求められたのは「多様性」です。
国王と大賢者が衝撃を受けたのも、それぞれ別の本に対してでした。
さらには老若男女に求められる”聖書”を描くことを求められるのです。
エロ漫画で「老若男女」に向けて、って!とはなりますが、つまり元の世界とは対象とする読者も違えば、求められる要素も違った。
この世界で求められるのは癒しであり慈愛。そして多くの国民を楽しませる多様性。
期待に応えるべく、またプレッシャーに打ち勝つべくスズキは大賢者シーンジャの申し出によりシーンジャを<女体化>し描くことでさらなる支持と熱狂を生み出していきます(それが結果的にエルのような狂信者をも生み出してしまうわけですが…)。
また、竿や…ゴホンゴホン 相手役を美男子に描くことで女性読者のハートもしっかりキャッチ。
いくら自分が求められる世界を望み、その世界にやってきたからといって様々なニーズに応える新たな作品を生み出すには作家としての継続的な努力が必要。
そんな中で次々に人々の心を掴む作品を生み出すことができるのはやはりスズキが堅実にエロ漫画家として研鑽を積んできたことのあらわれではないでしょうか。
また、そうして求められたこの国への感謝を忘れず、恩を返したいと真摯に思うスズキの人柄。きっとこの素朴で優しい性格は元の世界で並み居るライバルとしのぎを削り合うような商業世界には向いていなかったのかもしれません。
こういった要素が重なりに重なって、単に”見たことがないものだったから”以上にこの国に求められ、そして応えるという最高の関係が生まれたのではないでしょうか。
この転移によっての出会いがスズキにとっても、ダウジン国にとっても幸福だったと感じます。


楽しませていただいている&期待している作品なので長々と書いてしまいましたが基本的にお笑い作品なので気になった方は難しいこと考えずに読んでいただくが吉だと思います!
今後も楽しみ!


1話試し読みリンク


現在マンガクロスでは3話まで読めるみたいです!