2021年も残りわずかとなってまいりました。
一年のまとめをするにはやや早い時期ではありますが、今年の週チャンで個人的に印象深かった作品といえば『黒羽白書』が筆頭に挙げられます。
2021年のはじめに連載が開始し、全3巻で完結とやや短い作品ではありますが、物語を最後までしっかり描き切ったといえる作品だったと思います。
(そもそも当初は全2巻で完結予定だったとのことですね。
余談ではありますが『うそつきアンドロイド』も当初は全2巻の予定→5巻まで延長になったということですし、最近は短期完結予定かつ、単行本は出る予定で始まる作品(好評であれば延長あり)が増えたのかな?という印象)
鴉ヶ丘中学校 生徒会長の「黒羽陽」。生徒ひとりひとりの悩みに真剣に寄り添い、幸せを願う彼は多くの生徒たちから慕われています。
実は彼の中に宿るのは「朝比奈晴馬」という元教師の魂。
不慮の事故で命を失った彼は、生前にいじめが元で教え子を喪ったことへの強い後悔から、同じ病院で長い間眠っていた黒羽少年の身体に転移。
今度こそは自分に関わる生徒たちを幸せにすると決意して、生徒会長「黒羽陽」としての生活を送っているのでした。
そんな彼が、時には他の生徒を傷つける生徒と対峙し、転生と共に手に入れた”強制執行”という名の能力で事件を解決していく。
序盤は一話読み切り型の”いじめ”をテーマにした学園もの、といった雰囲気の作品でした。
…正直に言いますと、個人的には序盤はあまり惹かれるものを感じていなかったのが事実です。
というのも、”強制執行”は人が「罪悪感」に支配されたときにだけ相手に幻覚を見せ、本人の中の罪の意識の根源と真っ向から向き合わせる能力。
つまり、いじめや他人への嫌がらせを行う生徒に「罪悪感」が生まれなければ成立しない。そこに疑問を感じていたのです。
…いじめをするような人間が、そんなに簡単に「罪悪感」を感じるだろうか…?いじめをするような人間を改心させるようなことなんてできるのだろうか。そんな違和感がどうしてもありました。
しかし、その違和感を抱えながら進んでいたのは作品自体も同じで、やがて物語の展開をもってひとつの答えを示してくれることになります。
物語の転機となるのは新任の養護教諭「不破響也」との出逢い。
彼もまた転生した存在であり、不破の中に宿る生前の「轟親太郎」は実弟が行っていたいじめがある生徒を自殺へ追い込んだことがきっかけで家庭崩壊、夢であった教師への道をも断たれ絶望の淵に立たされたのち死亡したのでした。
彼の弟こそ朝比奈教師のかつての教え子でもあり、クラスメイトを死に追い込んだ「轟龍之介」だったのです。
形は違えど、同じ人間がきっかけで「絶対にいじめを許せない」という信念を持つこととなった黒羽(朝比奈晴馬)と不破(轟親太郎)。
しかし、不破の持つ能力は人が持つ恐怖心を増幅することで追い詰め、問答無用で死に追いやるというもの。
改心を促し、いじめをしていた生徒であっても幸せになることを願うという黒羽会長とは真逆のやり方です。
不破のやり方は過激すぎるものではありますが、悪人の更生を美談にするようなことを否定し、その裏で犠牲となっていた被害者を救うという理念自体は頷けるものでもあり、また序盤に感じていた違和感を作中の人物自身が指摘するような鋭さも持っていました。
一方でいくつもの事件と向き合い、さらに不破から投げかけられた言葉から自問自答しながらも「生徒を幸せにする」という信念を貫く黒羽会長。
互いに理解し合えない二人ですが、やがてこれまでのようには解決できない”悪”と対峙する時がやってきます。
それがかつての教え子であり、かつての弟である轟龍之介との再会です。
彼は今も行く先々で、生徒を恐怖で支配するようないじめを繰り返していました。
実の弟とはいえ、自分を追い詰めた張本人でもある龍之介に対し、不破は躊躇なく能力を使おうとします。
…しかし、「恐怖心」を持った人間を追い詰める不破の能力も、「罪悪感」を持った人間の心を動かす黒羽会長の能力も、轟龍之介の心には何一つ通用しないことがわかります。
彼の心に広がる空洞。何も感じないし、何も思わない。
「死にたい理由はないけど生きたい理由もない」。いじめを「必要な作業」と言い切る轟龍之介。
彼を更生させるには何が必要なのか?そして、どうして彼はこんな人間になってしまったのか…。
それを突き詰めていくうちに、兄・轟親太郎自身も、忘れていたひとつの”罪”と向き合うことになります。
巨悪であり、虚無でもある轟龍之介の人間としての心を動かすきっかけとなった桜子さんというおばあさんとの出逢い、二度と「兄弟」には戻れないけれど凍り付いた後悔を打ち砕くような親太郎と龍之介の(幻覚の中とはいえ)邂逅…。
そして彼らの物語の結末は、黒羽会長自身も「何が正解かわからない」「これで良かったのか」と悩み続けるものでもありましたが、おそらく作者である内田先生自身が悩みながらも、ひとつの決着として誠実に描き切られた物語なのだろうと個人的には感じました。
轟龍之介編(個人的には「轟兄弟編」と呼びたいところですが)を経て、黒羽・不破の信念とはかけ離れたもう一人の転生者との戦いをもってこの作品は終了となります。
「神楽のり子」は自分自身がいじめられていた過去を持ちながらも教師となり、果ては学級崩壊に巻き込まれ自ら命を絶った転生者。
彼女の能力は、「幸福感」に支配された人間を操れるというもの。
その能力で支配され、周囲や自分自身を傷つけるのはかつて黒羽会長に救われた生徒たちという皮肉。
この邪悪な転生者にどう立ち向かうのか…その鍵となるのは、「黒羽陽」。「朝比奈晴馬」が転移する前の彼自身の人格でした。
轟龍之介の心を動かすきっかけとなったおばあさん・桜子さんはこう言っていました。「誰かにとって死ぬほど憎くて嫌いな人でも誰かにとっては大切で大好きな人」。
つまるところ、この作品が誠実だと思える理由はいじめをしていた人物も多面的に描き、それぞれがいじめをするに至った背景や、何をもってその心が救われるかまで丁寧に描いていたところにあります。
序盤で黒羽会長の能力で「罪悪感」を強く感じさせられた生徒たちは、そこまで深く考えずにいじめをしていて、本当の手遅れになる前にその罪と向き合うことができ、救われた。
轟龍之介は自分自身ではもう戻れないところまで到達していたけれど、その胸の奥底にしまい込んだ心を解放することができた。
そして、神楽のり子は決して許されることがない罪を重ね続けた果てではありましたが、その人生に確かな意味を持った…。
序盤に抱いた違和感に対して、作品自体で誠実に答えを返してくれた。
それが「正解」とは言いませんし、作中でもそうだとは言われていません。
しかし作品自体が、本当に作中の登場人物ひとりひとりに寄り添った作品だったと感じることができました。
少し淋しさを感じるものの、実に爽やかな結末の作品でした。
本当にこれでいいのか、と何度も考えさせられた分、忘れられない作品ともなりました。
…というわけで満足はしましたし、もう決して続けようがない完膚なきまでの完結だったので仕方がないのですが。欲を言うならば生徒会の北斗くんと汀さんが大変良いキャラだったので生徒会内のお話ももうちょっと読みたかったというのが本音です。
鋭く冷静な北斗くんと毒舌家ながら物事の本質を捉えることができる汀さんは黒羽会長の人となりと能力だけでは解決しきれない部分をフォローしてくれる名脇役でした。
予定より長く続いた、とはいえやはり好きになった作品が終わってしまうのは淋しいですね。
重苦しいテーマや凄惨ないじめを描きつつも、生徒会の和気あいあいとした雰囲気など癒しもあって読みやすくもありました。